だえきの話(1)
古来、唾液についての印象は、「唾棄すべき」とか「眉唾」などに例えられるような「不潔・怪しい」イメージが主流です。
唾液がこのような虐げられた扱いなのは、あまりにも身近すぎて、唾液が果たしている大切な生理機能が理解されていなかったからなのでしょう。
それにしても世界各国には、唾液に関する慣用句が沢山あります。唾(つ)・唾(つば)・唾(つばき)の語源
言語学者の間でも諸説紛々で、確かなことは分かっていない。
信頼できる日本語辞典によれば、唾(ツ)は津(ツ)と書かれることもあり、津は人や物の集まり溜まる場所、すなわち船着場や港を意味し、タマルがつまってツになったという説があるらしい。
また、津は泉のような水の湧き出るところも意味しているそうだ。
さらに、稚語に唾(ツウ)という言葉ばあるが、方言としても見られ、必ずしも稚語という訳でもなく、唾(ツウ)は唾(ツ)がなまった言葉として理解されている場合もある。
結局、唾液は、日本語の話し言葉では唾(つ、つば、つばき)であり、涎(よだれ)とも言われる。
一般的には、唾「つ」に「吐き」で「つばき」で、「つばき」の口語的な表現が「つば」であると理解されている。
また涎は、口から無意識のうちに外部へと流れ出てしまった唾液を指す。
慣用句漢語・漢文を取り入れてきた日本では、中国伝来の成句・ことわざが時代とともに日本に同化してしまったものの他に、日本独自に産まれたものもあり、多種多様である。
- 生唾を飲む
- 固唾を呑む
- 唾を付ける
- 眉毛に唾を付ける
- 眉唾物
- 手に唾する
- 天を仰いで唾する
- 寝て吐く唾は身に掛かる
- 唾も引っ掛けない
- 後ろを向いて唾を吐く
- 吐いた唾は飲めぬ
- 唾で矢
- 虫唾が走る
- 唾を返す
- 火事場に唾を吐く
- 年寄りの唾は糊になる
- 涎を垂らす(涎が出る)
- 涎をねぶる
- 牛の涎
- 涎八尺
・・・・・
外国においても、ほとんど同じような言い回しがあり、唾液に対するイメージはそう変わらない。
- 天に唾す(中国)
- 寝ながら唾吐き(韓国)
- 天に向かって唾を吐くとその唾は自分の顔に落ちる(英国・米国)
- 唾を引っ掛ける(独国)
- 唾面(中国)
- 笑顔に唾を引っ掛けられようか(韓国)
- 目に唾を吐きかける(米国)
- 唾をなめる(独国)
- 唾なめ野郎(独国)
- 唾吐き込んだ井戸の水をまた飲む(韓国)
- 唾手(掌)(中国)
- 珠唾(中国)
- 縁起を祝って唾を吐く(英国)
- 唾棄(中国)
- 口に唾をたまらせる(仏国)
- 垂涎(中国)
- 垂涎三千丈(中国)
・・・・・
「唾液のはなし」押鐘 篤・覚道幸男 より
だえきの話(2)
日本は元より、世界各国の民話や昔話においても、唾液が登場することは稀であるらしい。
しかし西欧の民話には軽蔑・侮蔑の表現として、唾液を吐きかける動作が数多く登場するし、また、唾液が不思議な霊力があるという昔語は世界各地に見られる。「歌う木とおしゃべりの小鳥」 ロシア
王様が町の商人の末娘を王妃にし、やがて王妃は出産したが、妬んだ姉たちが、王妃は動物の子を産んだと言いふらしたので、王様は妃を殺すことにした。
しかし外国の王様たちはこれに反対し、王妃を教会のそばに縛り付けておき、礼拝に来る人たちが、王妃の目に唾を吐きかけるようにすることを提案した。
王様はその通りにしたが、礼拝者たちは王妃の目に唾を吐きかけるどころか、丸パンや貝を王妃に進呈したという。
「バルダック・ボリシェウィチ」 ロシア
7歳のバルダックは王様から命令された通りに、トルコに行って皇帝の居城に忍び込み、厩から黄金のたてがみのある馬を盗み出し、赤い顔をした番兵を虜にし、口を利く猫を殺し、皇帝の顔に唾を吐きかけた。
やがて捕らえられたバルダックは、少しも騒がず、皇帝に向かって「黄金のたてがみの馬を盗み、赤い顔の番兵を虜にし、口を利くね子を叩き殺し、貴様の顔に唾を引っ掛けたのは、この俺様だ」と叫んだという。
「商人の娘と女中」 ロシア
継母によって山に捨てられた先妻の娘が、末娘に助け出され、二人で針仕事をしながら山で暮らしていた。
そこへ両親がやってきたが、父親は盲目になっていたので、父親の左眼を姉が、右目を妹が、それぞれ舌でなめて唾で濡らしたところ、父親は目が見えるようになり、四人は山を降りて楽しく暮らしたという。
岩手県の花巻市・遠野市
先妻の子の姉娘が盲目になり、妹娘の涙が姉の両目に入り、姉は目が見えるようになった。
「金の卵を産む鴨」 ロシア
鴨の頭を食べた兄が皇帝になり、鴨の心臓を食べた弟は、吐く唾がすべて黄金と化し、大金持ちになる。「不思議な雌鶏」 ロシア
雌鶏の臓物を食べた子が、唾を吐くとすべて黄金とかし、大金持ちになる。
控除と婚約する話が始まり、皇女が彼に吐剤を飲ませたところ、彼は鶏の臓物を吐き出す。
皇女がそれを拾って飲み込んだところ、それ以来皇女が吐く唾は、すべて黄金になった。
「猿地蔵」 愛知県
ある男は、隣家からもらったぼたもちを山へ持っていくつもりで、間違えて小糠を持って行ってしまった。
仕方なしに男は、小糠を唾で練って体に塗りつけ、日向ぼっこをしていると、猿たちが出てきて、彼を地蔵様だと勘違いをして、彼を担いで川を渡り、岩の上に安置し、餅や小判などを供えて拝んだ。
男はそれらのお供え物を持って帰宅した。
隣家の男がその話を聞き、真似をしたが、人間だと猿に見破られ、川の中に投げられた。「唾液のはなし」押鐘 篤・覚道幸男 より
だえきの話(3)
ヒル(蛭)の唾液
ヒルの唾液腺にはヒルジンという物質があり、人間の血液が固まるのを防ぎつつ、多量の血液を吸って膨れ上がる。
ヒルジンは人間ち血液中のトロンボンの働きを妨げる作用をするからだ。
ヒルの学名を、ラテン語でHirudo(ヒルド)とよび、英語名はLeech(リーチ)だが、どちらも古い時代には医者を意味していた。
英語のリーチを動詞として使うと、治癒させる、病気を治すという意味であった。
しかし、Leeches kill with license. 医者は免許を得て人を殺す、という皮肉なことわざもある。
これを見ると、昔は人の命を食い物にして財を成した悪徳医がいたのかもしれない。過去においては、外国のある製薬会社が、ヒル唾液腺から採取したヒルジンを乾燥させ、生理食塩水に溶かし注射液として、静脈血栓を熔解するのに用いたり、軟膏にして皮膚の外傷の凝血を除去するのに用いたりした。
日本においても、水蛭(すいてつ)と呼ばれ、吸血療法(瀉血療法)などに用いられたらしい。口角泡を飛ばす
口の端から唾を飛ばさんばかりに激しく議論することだが、英語では He speaks as if every word would lift a dish で、”一言一言をまるで皿を吹き飛ばすような勢いでしゃべる”となる。
どちらも同じ意味合いのことわざだが、日本では唾液、英国では皿になっている。「唾液のはなし」押鐘 篤・覚道幸男 より
ミツバチが作るプロポリス
ミツバチは巣を作ったり修理するのに、プロポリスを作る。
ポプラやブナ、マツなどの木の芽、つぼみ、樹皮から滲み出す樹脂を集めて噛み続けると、樹脂が唾液中の酵素と混じり合い、その一部が変化しプロポリスになる。
ミツバチの巣は、このプロポリスをふんだんに使って補強されるため、その中のフラボノイドが病害菌を殺菌し、非常に清潔な環境を保っている。「唾液は語る」山口昌樹・高井規安 より
だえきの話(4)
トカゲの唾液
トカゲの唾液から、画期的な糖尿病治療薬が開発された。
アメリカのアミリン・ファーマスーティカルズ社が開発した「Exenatide」という薬で、開発者によると、まだ実験段階だが、糖尿病患者の血糖レベルを抑えるだけでなく、減量効果もあるとのこと。この魔法の薬の主成分を含む唾液を分泌するのは、アリゾナの砂漠に生息する毒トカゲのアメリカドクトカゲで、このトカゲは1年に4回程度しか餌を食べない。
そのかわりドカ食いをするそうで、そのドカ食いをする時に、急激に血糖レベルが上がらないように抑制する成分が唾液に含まれているということらしい。アミリンは、メトホルミンやスルニホル尿素といった薬、もしくはそのコンビネーションで血糖レベルを抑えることが出来ない糖尿病患者155人を対象に24週間、Exenatideを投与したところ、44%の患者の血糖値を目標レンジ内に抑えることができ、また、患者は平均3.4キロ体重が落ちた。
「The World of Zoology」によると、アメリカドクトカゲは放牧によって生息地が激減し、数が減っているとのこと。
アリゾナ、ユタ、ネバダでは州法で保護されているというのだけど、唾液の採取が難しそうですね。FDA(米食品医薬品局)は、この薬を糖尿病治療薬「バイエッタ」(Byetta)として承認した。
化学名「exenatide 」という物質で血糖値を下げる効果があり、「Ⅱ型糖尿病」の治療に使われる。
バイエッタは、1日2回投与される注射薬で、単独で使われず、従来からある経口降糖剤と一緒に用いられると言うことらしい。